くろばりっ!
最近、いやずいぶん前からですが、テレビをリアルタイムで見るということがほとんどなくなっておりますよ。放送されている状態で見ているのは、晩飯を食いながら見ているNHKの7時のニュースか、その周辺の番組くらいのもんで、それ以外はすべてレコーダーに録画してから見てますね。
で、そのHDレコーダーの中身はっていうと、アニメ・落語・プロレス・F1がほとんどで、その隙間に映画がちょろっと混じっております。ドラマ・野球・相撲・お笑いはまったく見なくなってるんですよねぇ。
でね、いい歳してアニメなんですが、10月からのクールで始まったものに『テガミバチ』っていうのがあります。どんな話なんだかよくわからずに録画してたんですが、オープニングテーマがカッコよくてねぇ、おっ、スガシカオみたいな歌い方だなぁ~と思ってたらほんとにスガシカオでした。スガさんがアニソンをやるとはなぁ。
その曲は『はじまりの日』(←クリックでYouTube)で、オープニングアニメもスッキリしていて美しいし、最近私が見たもののなかでは出色でありますね。
『テガミバチ』の内容は、SF的仮想世界の辺境地域に「テガミ」を届ける郵便配達者のお話のようです。
この辺境の居住地域の間にある荒野には鎧虫(ガイチュウ)と呼ばれる生物が生息していて人間を襲うのですな。国家公務郵便配達員・テガミバチはこの巨大生物を粉砕するための武器を持っていて、それは「心弾銃」というのですな。心弾銃の薬きょうは常にカラで、射撃の瞬間にこの薬きょうに「こころ」の欠片である心弾を装填して撃ち放つという・・・、いやぁ、いかにもマンガSF的な発想なんですが、これが意外にね、いいのよ。グッとくるのさ。
この心弾を装填するというのは「こころをこめる」のシャレ?とも思うのですが・・・
最近、「心をこめて」っていう言葉、なんかねぇ、「がんばる」と同じように、なんだか実質的な意味の無い、雰囲気だけの言い回しのように感じますよ。
その原因は、心をこめる対象が数少なく、また、心がこめられたモノが身の回りに数少ないということなのではなかろうか、と、思うのね。ユニクロ的マクドナルド的なものがダメだと言う気はないけどさぁ、あれらに心がこめられているとは感じられないのよ。オレ、ユニクロの店に入って“欲しい”と思ったものなんて何にもないもんね。
人っていうのはですな、心をこめる対象や心がこめられたモノが身の回りに数少ないと気が荒(すさ)むんじゃないのかと、この間“そんな仕事”をしながら考えていたら、この『テガミバチ』が始まったのでね、ん~、そーかなるほどとねぇ。
んなわけで、ワタシもそろそろ心弾を装填して、オールドデビルタイムに取り掛からねばと思っておりますよ。前回の記事が6月28日だもんなぁ。
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