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2009年9月17日 (木)

木の足

ずいぶん以前のことですが、ラジオ番組『小沢昭一的こころ』を聞いていたら、小沢さんがひとつの俳句を紹介したんです。

とこずれに おしろいぬりぬ けんぎゅうか

これ、聞いたときにゾゾッとしたんですよ。聞いたその瞬間はハッキリとした意味はわからなかったんですが、言葉の組合せの感触がね、ソゾッとね。

床ずれに白粉ぬりぬ牽牛花 (牽牛花とは「朝顔」のことです)

「床ずれ」と「白粉」と「牽牛花」という言葉のつながりが“何やら”を感じさせます。
そして小沢さんが、この句の作者・富田木歩(とみたもっぽ)の境涯を短く語りました。
木歩は明治―大正期に生きた俳人であり、幼少期に起こった高熱のため両足が麻痺し生涯歩行が出来なかった人で、大正12年・関東大震災による火災で焼死したのがなんと26歳という若さです。
朝顔が咲いているような暑さのころ、夏祭りの囃子が聞こえ、元気な子供たちは祭り半纏を着て、鼻っ柱に白粉で化粧してワイワイと出かけてゆく。でも、歩けない木歩は座しているか臥しているかしか出来ないのですね。
そして、「床ずれに白粉ぬりぬ牽牛花」

あのですね、富田木歩のWikipediaはすごいですよ。
普通、ウィキペディアは“解説”にとどまっているものですけども、木歩のは誰が記載されたのか、もうね立派な読み物になってます。特に関東大震災直後の混乱の中で、新井声風が木歩を助けようとして奔走をする箇所は鬼気迫るものがあります。

えーっと、あっそう、この前のふたつの記事は病気ネタでした。
で、俳句とか文章とかで、自分の病気をネタにしてる人ってけっこういるじゃないですか(ネタと言ってはいかんかもしれませんがね)。新聞や雑誌の投稿俳句ではジイさんバアさんが自分の病気ネタを披露してますし、芸能人なんかはそれで本書いたりしてますね。「ガンを患って人生が変わりました」とかなんとか。
や、ん、病気っていうのはそれは人間の一大事であって、その最中にはいろいろな考えに至るんでしょうけども、それをただ人に説明するっていうのは“どうなんだ?”と思うのよ。余程その人に関心がなければ、“他人から見た一個人に起こった事柄”の説明なんて面白いもんじゃないですよ。
で、富田木歩なんですけども、この人の生涯は障害だらけの生涯であって悲惨もいいところで、ウィキペディアに記載されているように説明だけでも息を呑むようなものですが、でもこの人の多くの句は、その自分の状況や境涯を“説明”してはいないと感じられるんですよ。それは、なんつーか、自分のことを他人事のように取り扱っていて、ん~、なんつーか、それを受け取る人のことを考えていて、なんだろな~、エンターテインメントと言っちゃおかしいのかもしれませんが、そういうものだと思うんですよ。

でね、私も歳とってきてですよ、病気なんかと大変お近づきになってきたみたいなので、今後、病気ネタとか書いてしまうことになるんでしょうけど、それをなんとかできないものだろうか、説明じゃない何かに出来るようになれないものだろうかと思ったりしておるのですな。

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