クルマい
私のクルマはポルシェです。
ま、ポルシェといっても国産ですが。
ま、国産といっても広島ですが。
ま、あれをポルシェといっているのは私くらいで、マツダだという人も多いんですが。
最近、クルマってデカいなぁと思うんですよ。人のサイズに比して、とてもデカい。
去年から自転車を使うことが多くなって、クルマで出かけることはめったになくなりました。走行距離は年間2000キロくらいで、車検に出した際に「クルマ屋がこんなこと言っちゃいかんのですけど、タクシーとレンタカーで済ませた方が出費は相当少なくなりますねぇ」と言われたくらいです。
でね、普段は15キロ以内なら自転車を使っていて、その自転車はいわゆるママチャリで、表通りと裏通りをクルクルと走り抜けているんですが、その際には当然クルマに出くわすわけです。そして思うのは、クルマっていうのは邪魔だということですよ。
京都市内を走っているクルマの、そーですねぇ7割くらいかな、運転者がひとり乗っているだけで特に積載物もない自家用車でありますね。人ひとりが移動するのにあれだけデカい乗り物を動かしているんですね。
そして、運転者はあのデカさを持て余しているんですよ。運転している人自身は意識していないかもしれないけれど、自転車から見ると、クルマの動きというのはギクシャクしていて、クルマとクルマの関係はギスギスしていて、持て余している様子がアリアリとわかります。世の中の不穏の根源の多くはクルマにその源があるのではないかと思えてしまうほどなんですよ。
私もクルマは好きです。ポルシェ(言い張る)に乗ってるくらいですからね。
運転するのは面白いし車内は快適だし、多くの人にとって魅力のある物品でありますよ。そして、高価な物品ではあるけれど、あの程度の価格なら多くの国民に手が届くシロモノなわけで、だからあれだけの数が走っているんですね、ギクシャクしながら。
そして、今回の経済危機でもわかるように、あの高価な物品が売れなくなるということはカネの動きが鈍くなるということです。クルマに関わる産業に従事している人たちの数はとても多くて、そこに出入りするカネの量が減少することはすなわち「景気が悪い」ということになるわけですね。
でも、クルマが売れて世の中で動いているクルマが増えれば、そこからはギスギスが発生するんじゃないか。
自動車産業という巨大な構造体は“経済”というものを下支えしているんですけども、その構造体が活性化すれば世の中のギクシャクは増大してゆくんじゃないか。
マスコミというインフラは、人に達する情報を大幅に増やすことによって「知」を下支えしてきたはずですが、「マス」を維持するために無理を続けなければならないようになり、「ウソ」も「ブラフ」も「置き換え」も平気で“職務”としてやってしまうことになる。
ワタシラはそれらと引き換えに何を手に入れているのかっていうことが気になっているんですけどもね。






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