ロージンパック
先月、BBBのライブについて書きました。
あのとき私が座っていた丸テーブルには他に2人の客がいて、この二人は別々に入ってきましたが知り合いのようで、休憩時間にいろいろと話をしていましたね。私より少し若いと思われる男性と女性で、話の内容からすると女性のダンナは彼女よりかなり年上のようです。で、その女性はこんなことを言っていたんですよ。
「ウチのおっさん、どんどん頑固になっていって、自分が気に入らんことはまったくやらへんねん。まわりが迷惑しててもそんなことは関係なしや。もうホンマ困るでぇ。日本はこれからどんどん年寄りの割合が増えてくるわけやろ。ウチのおっさんみたいなんがどんどん増えていくんやで。エライことになっていくんとちゃうやろか。」
いやあのね、私が住んでる町内(1-1組)は13軒あるんだけどさぁ、3年くらい前にはこの町内にバアさんが7人もいたのよ。13軒に7人ですよ。ジイさんはみんな死んじゃってバアさんが残ってんの。その7人の内、独居が3人。そして最近、独居の一人はお亡くなりになり、ひとりは特別養護老人ホームへ入所したんだけども、まだ5人おるのよ。その中のひとりはウチにいるの、80歳のババアが。
このバアさん昔からウチにいるのでね、このあいだ尋ねてみたら、私のオヤジ(故人)の連れ合いだったらしいのね。っということはオレのオカンだってことですよ。どおりで子供のころから知ってたはずですわ。
ところがこのオカン、昔の、子供のころのオカンとはかなり違うんです。寝たきりなわけではなくボケてるわけでもなく(いや、ちょっと来てるかな)、自分の事は自分で出来る程度の状態を維持しておるのですが、理解力・作動テンポ・反応速度が明らかに40年前とは、いや20年前とでも違うわけですよ。身体や感覚器官が衰えているのですからこれは当たり前のことなんですが、こちらとしてはそれはわかっていながらも違和感があるんですよ。要するにイライラするのね。
うちのおふくろだけではなくて、たとえばクルマを運転してるときとか、自転車で走ってるときとか、スーパーで買い物してるときとか、年寄りがいるとかなり気を使います。テンポが違うから動きが読めないんですね。
失業率が高いのに介護分野は人手不足だってずいぶん以前から言われてます。就職してもすぐに辞めてしまう人が多いらしいですね。これねぇ、わかる気がするんです。年寄りの相手っていうのは精神的な負担が大きいんだと思うんですよ。感覚・反応・作動のテンポが違うから、老人の相手をする者には余程の我慢が必要になってくるはずで、「我慢」っていうのは肉体的な我慢より精神的な我慢の方がつらいじゃないですか。だから、“他に仕事が無いから”っていう理由だけで介護の仕事は出来ないのだろうなぁ。っということは、介護分野の人手不足はますます大きくなってゆくはずですよ。
で、自分自身のことを考えると、ワタクシ53歳であります。
若いときの感覚はまだちゃんと残っている気がするんだけども、身体的に衰えてきているのは確かだし精神的な感覚もちょっとずつどこかへ移動しているのがわかっています。
“ぜんぜん若くはないが、まったくの年寄りでもない”という境目にいて、“若い感覚を保持している自分”が“老人に向かっている自分”に対してイラつきムカついているときがあります。
高齢化社会っていうのは社会全体の経済的負担が大きくなるのが問題視されてますけど、実はそんなことは副次的な事柄であって、精神的気分的な負担っていうのが大きくのしかかってきてしまうんじゃないだろうかなぁ、と、考えたりもするわけですよ。
これってさぁ、恐ろしいですよぉ・・・



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